仏(ほとけ)と言われる私のエッセイ

テーマはバラバラですが、ちょっとしたことを私なりに掘り下げて書いています。喜怒哀楽のある豊かな今後に向けて想いを綴りました。最初は音楽紹介から入りましたが、少しづつ変化してきたのでブログタイトルも変更します。

経済とスピリッツ

サラリーマンとして働く上で、経済か、やりがいかは、永遠のテーマなのだろう。私自身どちらか大事か、ということの答えはまだ無い。

 
今日もいつもの飲み会でそんな会話になった。ある人は仕事を進めていく上でのやりがい、お客様が求めることに応えたいという気概が大事だといい、ある人は、家族に自分が考える「普通」以上のことをしてやれる程度の経済こそが最も大事、それこそが自分の存在価値を見いだせる源泉になるという主張だ。
 
別にいいとこ取りをするわけではないが、わたし的には両方の気持ちがわかる。むしろ深く理解できると思う。多分片方の言いたいことがわかる人なら、もう一方の人のことも本当はよく分かるのだと思う。だからこの議論をわかりあえる人間同志であまり繰り返す意味は無いのかも知れない。
 
私もサラリーマンで家族もいるので、経済の重要性は、年をおうごとにまして来ている。この先もどんどん増して、がんじがらめになってしまうのだろうなぁとさえどこかで感じている。
 
でもそこに大いなる不安を感じているかと問われれば、そこまで不安に感じてはいないというのが正直なところだ。何故か?思うに多分多少なりともスピリッツがあるからだと思っている。
 
スピリッツとは、何か?それは誰かの為に一生懸命何かする、そしてその結果として誰かから感謝され、評価されることだと思う。私の場合営業職なので、それは数字に反映されるかも知れない。かくして人は社会の中で例え小さくても自分の存在価値を見いだし、サラリーマンという枠組みを外れて個人としてやりたい方向がはっきりした時、そこに存在するのが、スピリッツに他ならないと思う。
 
直近で有名なドラマに例えて言うなら、スピリッツは夢という言葉に置き換えられるかも知れない。ただ、夢という言葉は、今の世の中では少し大き過ぎると思っている。
 
若いうちに夢を描けといわれるし、年長者は、若い人たちに夢を見せてあげたいと思っている。それはそれで正しいと思う。ただ、最も大事なことは、なにも夢は壮大なものでなくても良いということだ。
 
目の前のお客様の要求にひとつ応えて評価を得ること、そしてそれを連続すること。それも充分に夢に値するかも知れない。そう、夢というよりはむしろスピリッツなのだ。
 
職務上、20代、30代前半の方と仕事をすることがある。彼らは色んな面で劣っているし、足りないこともある。だが一緒に仕事をして初めてやったこと、今までなにもわからなかったことをやりとげた時の達成感は、年齢には関係無い。ひとつの成功体験が次の成功体験を呼び込むのは、若い人のほうが可能性が高い。だからむしろ彼らを慎重に扱う。
 
若いうちに良いマインドとスピリッツで仕事に取り組んでいればきちんと経済がついてくる。会社側の停滞で一時的に厳しい状況が続いたとしても、他の会社が評価してくれる。
 
このように考えていくと、経済は年長者やベテラン、管理職、経営者が献身的且つ自発的に考えるべき事項であり、スピリッツは、若くフレッシュな社員が誰に言われる訳でもなく自覚するべき事項なのでは無いかとわたしには思えてならない。
 
少なくとも今は、関わった人にスピリッツを実感させてあげるような関係を、年齢問わず構築したいと思っている。