仏(ほとけ)と言われる私のエッセイ

テーマはバラバラですが、ちょっとしたことを私なりに掘り下げて書いています。喜怒哀楽のある豊かな今後に向けて想いを綴りました。最初は音楽紹介から入りましたが、少しづつ変化してきたのでブログタイトルも変更します。

川の字になって寝よう。 ー「そのとき」はもう近い ー

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私の息子たちは、上の子が8歳、下の子が5歳になります。再来月にはそれぞれ誕生日を迎えるのでまたひとつ年をとりますが、寝るときはいつも家族4人で同じ部屋に寝ています。

 
寝室は少し変わったスタイルになっていて、私達夫婦のダブルベッドに普通のシングルベッドを2つならべておいてあります。単にならべておいてあるのではなく、高さを同じにして、且つぴったりとくっつけてあるので、幅が3m以上のひとつのベッドになっています。
 
このスタイルでみんなで寝始めたのは、そろそろ子供達が子供達だけで寝室に行き、眠れるようにするためで、シングルベッド2つも二人の息子たち用に準備したものです。
 
このスタイルに変えた時、どの順番で寝るかがなかなか決まりませんでした。やはり子供は自分の両サイドに親がいて欲しく、また端になるのが嫌だからです。
 
私達夫婦としては親二人が真ん中で寝て、両サイドに子供達が寝るという並びを予定していましたが、2日たっても決まらないため、結局私達夫婦が両サイドになって子供達を挟むという元のスタイルに行き着きました
 
このスタイルが定着してもう一年以上になります。しかしながら今はこのスタイルにしようとしたときとは全く別のことを考えています。長男も小学校3年生になり、色んな事がわかるようになってきました。そんな中、私の中で自然と沸き上がってきた感情は、子供達と一緒に寝られるこの時間はもう少ししかないということでした。何かきっかけがあったかはわかりませんが、確かにそういう感情が大きくなってきました。
 
これまでは子供達が、寝るときに私を必要としていましたが、今では私のほうが子供達を必要としているとさえ感じられます。
 
今日たまたまフェイスブックに同じような感覚を覚えた人の記事を見ました。子供には早く一人で眠れるようになって欲しいと思っていたが、あるときに突如一人で寝ると言い、自分の部屋に行った時、えもいわれぬ寂しさを感じ、取り戻せない時間があることに気づいたというものです。
 
私の場合は幸いなことにまだ「そのとき」は訪れていません。しかしながらそう遠くない未来に必ず「そのとき」はやってくる、そう思って毎日隣で寝る子供と話をし、触れあい、このかけがえのない時間を大切にしています。